ONのなかにOFFがあり、OFFのなかにONを見つける、そんなライフスタイルを実践する人物がいる。SONY代表取締役会長兼CEOの出井伸之氏だ。
アマゾンは、2002年の5月から
「出井伸之 私の流儀」という3分番組を毎月5本制作(放送:SKYPerfecTV・749CH)、公私に渡る氏の言動を伝えている。
出井氏のスケジュール表には「OFF」がない。私たちが制作を開始した3月末の最初の驚きだった。世界企業ソニーのトップ、GMやネスレの役員、さらには様々な団体や委員会のメンバー、殺到する講演依頼・・・、出井氏の毎日は「ON」の連続である。いったい出井伸之氏の「OFF」とは何だろう、どんな風にして「OFF」をつくり出すのだろう、それが私たちの関心事となった。
旧来の社会システムを支えてきた物理的、経済的な成長が崩壊した今、社会の価値観がモノの創出から個の創出へと移行していくのは間違いない。だとすれば、これから先はいかに人間ひとりひとりが個としての幸せや責任を確立させていくか、言い換えれば、「OFF」の自分をいかに効果的に「ON」の組織や社会に交差させるか、そこから新しいパラダイムを見いだせるに違いない。出井氏というグローバルビジネス・リーダーの「ON」と「OFF」を見ることはその意味で格好の機会だと考えた。
また、ひとりの人物のOFFからON を解き明かすアプローチの番組は、これまでに無いものになるかもしれない、という期待もあった。これは小さな番組ではあるが、これからの番組制作の発想を開発していく最初にもなると考えたのだった。
取材が始まった。4月のある日、出井氏は、一泊の熊本出張を終えて飛行機を待つ間に空港の書店に入り、何冊かの趣味の雑誌を買い求めた。その中に時計の雑誌があった。時計の趣味をお持ちらしい、そういえば氏の腕にはいつも機械式時計があった。しかし私はそのことはしばらく忘れていた。5月の連休になって、出井氏を軽井沢の別荘にお訪ねしたとき、私たちは出井氏のONとOFFが交錯する瞬間に触れた。東京から持ち込んだ出井氏の鞄の中に、目を通しておかなければならない膨大な仕事関係の書類とともに件の時計の雑誌があった。そして、その中の一ページが折られていて、見るとそれはITを組み込んだスイス製の新型の時計の紹介記事だった。「この時計を作った人は、コンピューターを解する人に違いない」と出井氏は直感したのだった。そしてそこに止まらない行動があった。出井氏はただちにスイスの時計メーカーにメールを送り、新しいビジネス・チャンスへの可能性にトライするのだった。
取材が終わって、私たちはワインをご馳走になった。身に余るような年代物のシャトー・マルゴーと若いカリフォルニアのナパのワインを出井氏は同時に開けた。それはしかし単なる飲み比べではなかった。古いものと新しいものを交差させることで発見が生まれる。そんな気にさせた出井氏の演出だった。
ONとOFFがそうであるように、異なるふたつの軸を交差させる。そこに出井伸之氏の流儀があった。