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【第4回】テレビは身体的表現 倉内 均
 
いま、パリ・オペラ座バレエ団が来日、各地で公演をしている。 このバレエ団は、ドキュメンタリー映画『エトワール』でとりあげられたのでご存知の人も多いと思う。 パリ・オペラ座は、ナポレオン・世の肝煎りで1875年に建てられ、以来フランス文化の象徴としてありつづけてきた。そしてオペラ座バレエ団も創立400年を越え、いまや世界のバレエ団の最高峰に位置している。 私は2年ほど前から、このバレエ団の企画を進めている。 「人間はなぜ美しくなりたいのか」、私の興味はそこにある。ここでは美への欲望の強い者だけが生き残る、それが私の仮説である。
団員の数は150名。トップのエトワール(スターの意)は男女7名ずつ、以下カドリーユに至る厳然とした5つの階級に別れ、男性45歳女性40歳で定年とする激しい競争社会である。レッスンは毎日午前10時に始まり、12時から15時までリハーサル、そして夜の公演と、ダンサーたちは毎日をバレエだけに過ごす。「エトワールへの道は地獄の連続」と言われるほどのハードな生活。地位の高いダンサーほど全身の故障と傷にまみれ、筋肉を酷使しながら毎日を送っている。

美しいものへの希求と背中合わせにある彼らの苛酷な実態を知った時、私は「文化」というもののありようを考えてしまった。ごく自然に、私たちは文化を精神的なありようとしてのみ考えてきた気がする。しかしこのとき初めて、文化というのは、実は想像を絶する肉体訓練によってこそ成立する、きわめて身体的な表現なのだと思い知らされたのである。
アマゾン制作の『芸術に恋して!』最終回はヴァイオリンをテーマにしたものだったが、ヴァイオリンの音は実は楽器から空気中に伝わるものよりも、演奏者自身の鎖骨で振動して響く音の方がはるかに強く、かつノイズ成分が少ないクリアなものだったことがわかった。音楽も文字通りの身体的表現だった。

ひるがえって、私たちが「テレビ文化」とか「文化番組」とか「文化」を口にするとき(もし私たちのテレビが文化だとすれば)、その身体的表現とはなんだろう、と考えた。答えはなかなかむずかしい。ただ、デジタル時代に対応して私たちの肉体的作業は大きくパソコンに依存しつつある。地を這うようにして人間を取材するドキュメンタリーも消えつつある。視聴率が最も重要な目的となって、現場で撮影された森羅万象はより分かりやすくナレーションに置き換えられる。
こうして、ふだん制作されるほとんどの番組はよく整理されてはいるが、しかし、現場で捉えた、なんとも名状しがたい、説明不能な人間の根源的な生理、時として物の怪さえ感じさせる「けはい」の表現がとても不得手になっているように思われてならない。
撮影現場は少なくとも人間の五感が発する信号をキャッチする場である。
私はいま、現場感覚を大切にすることが求められていると切実に思う。

4月。私たちは、オペラ座バレエ団のトップスター、マヌエル・ルグリのダンスを撮影する予定でいる。身体的表現の格好のチャンスとして。

(2003年4月)


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