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この夏、私は二人の魔術師と出会った。
一人は、ローラン・プティ。"ダンスの魔術師"と呼ばれる世界的振付家である。
プティさんは79歳、1924年パリでカフェを営む両親の子として生まれ、幼い頃からダンスが好きで10歳でオペラ座バレエ学校に入学、その後オペラ座バレエ団に入団、19歳の時には振り付けも手がけ、25歳で『カルメン』を発表するや、一夜にしてヨーロッパ中にその名を知られることになる。1949年のことだ。以来、ハリウッド映画をはじめパリ・オペラ座、ミラノ・スカラ座、モスクワ・ボリショイ劇場など世界の桧舞台の看板となる仕事をつづけている。
8月、私たちは幸運にも、彼がダンスを創り上げていく過程を撮影する機会を得た。
昨年の秋、私はパリ・オペラ座の客席でプティさんの『アルルの女』を見ていた。観客としては充分に堪能し興奮しながら、同時に、ダンスの圧倒的な躍動を映像で伝えることは不可能ではないだろうかという敗北感に襲われていた。それから一年後の今回、その「肉体」の映像化へのチャレンジは、私の復讐戦でもあった。
今回のメインテーマは<ファンキー>というもので、ローラン・プティのなかにファンキーを発見することだったが、私の関心事はもうひとつ、"ダンスの魔術師"の「魔術」だった。彼の魔術をどうしても見たいと思っていた。
撮影の日がやってきて私たちは、『デューク・エリントン バレエ』公演のなかの一曲「AFROBOSSA」の振り付けの様子を見せてもらうことになった。全くの白紙の状態での稽古は決して関係者以外には見せないとされているが、特別に最少人数のスタッフで撮影に臨んだ。
まずプティさんが動きを指示する、ダンサーが動く。プティさんはじっと見て、やがて止める。それからダンサーのところに行ってひとことふたこと伝える、あるいは一緒に動いてかたちを作っていく。そして同じところを繰り返す、とそこまでなら、きっとどの振り付け師も同じだろう。
もちろん、ローラン・プティのステージは素晴らしい。彼の手になる作品を見た人なら誰もが、人間の肉体をこれほどまでに美しく見せるかと驚くだろう。
後日に「AFROBOSSA」の本番を見たとき、稽古を見ていた者にさへ本番の美しさを驚かせるという魔術はたしかにあった。
しかし、私は稽古の場で彼の「魔術」のありかを必死に探そうとした、が、かなわなかった。
二回目に稽古場を訪ねたとき、ダンスはほぼ出来上がっていて、プティさんはダンサーの動きを見ながら、時に一緒にリズムを刻み、ダンサーにブラボーをかけるという具合で、結局、この日も私は彼の「魔術」を見つけられずに終わった。
しかし、魔術はあったのだった。私が見過ごしていただけだった。
「魔術」なんて滅多に見せてはくれないのだろうか?、と自分勝手な失望感にとらわれかかっているとき、撮影したテープを見て私はあっと唸った。
撮影時、離れた距離にいた私の耳には聞こえなかったプティさんの声がマイクで録音されている。
動きの一連を作っている最中に彼がダンサーに何ごとか話しているシーンである。女性ダンサーが男性ダンサーに肩車されている状態で「ここから、彼女がどうやって降りるかが考えものだ」と巨匠は悩んでいる。困ったプティさんは、音楽の終わり方から逆算してその解決策を編み出そうとしたのだろう、「曲はあとどのくらい残ってる?」と助手に尋ねた。しかし、それがプティさんの予想を上回って1分半もあると知って、「1分半も!・・さて・・どうしたらいいかわからないよ」とつぶやいている。だがそのとき、悩みがますます大きくなったように見えたそのときに、魔術は施されていたのだった。
「わからないよ」と言いながらプティさんの手は女性ダンサーの手首を包むように握っている。最初、私にはそれがごく自然な仕草にしか見えなかったのだが、違っていた。驚いたことに、プティさんがその仕草をした瞬間から、それまで複雑に絡み合った紐がすっとほどけていくように、ダンスのかたちがきれいに決まり出していったのだ。
なんとも不思議でならなかった。繰り返しテープを見ても、プティさんが彼女の手首を握ることは彼女を肩車から降ろす解決策のようには見えないのだ。なのに、いや、だからこそ彼のこの仕草は、状況を一転させ、鮮やかにするりと抜け出してみせる、魔法の手にちがいなかった。
プティさんの手から相手の手に電気が流れ、五感から五感に伝わる特殊な信号でも送られたのだろうか。
やはり、ローラン・プティは魔術師だった。
稽古の直後、まだ魔術に気がついていない私はインタビューしている。
プティさんは答えた。
「ダンスは宗教であり、愛であり、交流の技であり、つまり、ダンス自体が魔術なんだ」
もうひとり、この夏私が出会った魔術師は、唐十郎さんだ。
11月にNHKハイビジョンで放送する「四谷怪談」をテーマにした番組の主人公を引き受けていただいた。
唐さんの魔術師ぶりは次回にご紹介したいと思う。
(2003年9月) |
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