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【第10回】唐十郎の凄腕 倉内 均
 
 唐十郎さんと仕事をご一緒させていただいている。
 12月4日に放送されるNHKハイビジョン・スペシャル<大江戸繁盛記『四谷怪談〜恐怖という名の報酬〜(仮題)』>でご出演を願った。
 唐さんは番組の中で、唐さんご自身であると同時に鶴屋南北『東海道四谷怪談』の主人公、民谷伊右衛門であり、戦後を生きた日本人としての「私」でもあるという3つの役割を担っている。
 伊右衛門役と「私」役は私たちが用意した設定で、俳優・唐十郎が江戸と現代の東京を縦横に行き来することでふたつの時代を重ね合わせようというのが演出のねらいである。この2つの役割は唐さんの役者としての領域にあり、さらにそこにもうひとつ唐さん自身が加わるという仕掛け。番組が面白くなるかどうかは、唐さんの3つの役割をどう組み合わせ、どう融合させて虚実の皮膜に存在させていくか、にかかっていると私は思っていた。

 撮影現場では、そうした思いの私と唐さんとのキャッチボールが続いた。それは興奮に満ちたキャッチボールだった。
撮影初日、「私」役の唐さんが豊島区高田の面影橋に立って、伊右衛門が妻・お岩の死体を神田川に流すという『東海道四谷怪談』の重要な場面について語るシーンから始まった。
私が用意したこのシーンの台本には、
「伊右衛門自身がお岩を死に追いやっておきながら、どこかでは成仏して欲しいという願いがあったのだろうか?」
という伊右衛門自身の矛盾を暗示するくだりがあった。それは死者が川を流れてあの世に行く、という精霊流しにも見られる伝統的な死生観が殺人者・伊右衛門にもにあったのではないかと思ったからだ。
本番、唐さんはすかさず返してきた。
「そうはいかないね、川は澄明な記憶の回路でもあるけど、ときどき曲がりくねって蛇のようにもなる。さらにはアタマとシッポがつながって記憶の回路にしめつけられることになる」
伊右衛門がそれ以降お岩の亡霊につきまとわれ、自分の心のなかに棲みついて離れず、ついには身を滅ぼしてしまう成りゆきを、唐さんは川を蛇と言い換えて表現したのだった。
唐さんは「私」の中に「唐十郎」を見事に滑り込ませ、しかも思いもつかない表現で伊右衛門の心の内に迫っている。私は「OK!」と声をかけながら、3役の重構造が撮影最初の段階でクリアされたと直感した。

飯田橋付近で、突然、唐さんは台本にはないアドリブでシーンを展開した。神田川はここでトンネルから流れ込む水路と合流し、さらにまた別のトンネルへと分岐していく。唐さんは言った。
「ここは、見える水と見えない水のジャンクション。水が行き場に迷っている、こわい場所だ。自分が水だったらどっちへ行こうか?」
もはや、「私」は唐十郎の手によって成長し、台本を超えて一人歩きを始めている。

 この日の撮影の最後は、江東区扇橋。戸板にくくりつけられたお岩の死体が流れ着き、伊右衛門を襲う『四谷怪談「隠亡堀」』の場面となった場所である。
 鶴屋南北はなぜこの神田川を舞台に選んだのかという命題に、唐さんは南北張りの凄腕を見せた。唐さんのここでの語りは是非番組をご覧いただきたい。私は圧倒的されて、「OK!」の代わりに「凄い!」と叫んでしまった。

(2003年11月)


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