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【第14回】泥の役者・唐十郎 倉内 均
唐十郎さんが第七回鶴屋南北戯曲賞を受賞された。  唐組が昨年上演した「泥人魚」での受賞である。唐さんは同時にこの作品で紀伊国屋演劇賞、読売演劇大賞優秀演出家賞、読売文学賞戯曲・シナリオ賞を受賞、いわば昨年の演劇賞の独り占めとなった。
唐十郎氏 (3月17日東京会館。撮影:筆者)

 鶴屋南北賞受賞の知らせを伺ったとき、私は南北の「縁」と思った。唐さんとご一緒して、「四谷怪談〜恐怖という名の報酬」という番組を制作、放送した直後だったからだ。唐さんもそう思われたらしい。真っ先に私に電話をいただいた。
 「泥人魚」は西新宿の高層ビルの谷間にあって都市開発に取り残されたような空き地や、雑司ヶ谷鬼子母神の鬱蒼とした神社境内で上演された。そこはまるで都市にぽっかり開いた穴のような場所だった。地中深く広がる闇へのその入り口に紅テントを張り巡らせ、闇の彼方に沈み込もうとしている都市の記憶を原色鮮やかに塗り替えて観客に提示する唐十郎と、江戸後期の芝居小屋で江戸市中に横たわる闇を目の前に取り出してみせ、恐怖という形で観客に突きつけた鶴屋南北。この二人は闇を紡ぎ物語る語り部として、生まれ変わりの瓜二つである。唐十郎が鶴屋南北を冠した賞を受けるのは必然ともいえる。

 3月17日。東京会館で行われた鶴屋南北賞の贈呈式で、挨拶に立った唐さんは私たちの「四谷怪談」の写真をかかげて「泥」について語った。その写真は伊右衛門に扮した唐さんが泥のなかから出現するシーンの一コマだったが、諫早湾干拓のギロチン堤防工事をモチーフにした「泥人魚」でも唐さんは諫早湾から運んだ泥のなかに潜って溺れそうになるほどの芝居を演じていた。(このことは番組制作を終えたあと「泥人魚」再演で初めて知って私は赤面したのだが)泥のなかで目をしっかりと開けていたと切り出しながら2種類の泥を口に残る歯触りで比較した唐さんのスピーチに私は打たれた。
 唐さんの泥とは汚泥として私たちが消し去ろうとしつつある記憶そのものであり、もはやその混沌にエネルギーを見いだせないでいる私たちの現在に対するアンチテーゼに他ならない。唐十郎は泥の水槽を泳ぎながら泥を撹拌しそこから人魚を生み出した。そして私たちのすぐとなりに異形の生命を現出させることで、安住しつつあるモラルと秩序の破壊者たらんとした。大家にしてなお「泥」にまみれ続けようとする、作家である以上に役者であろうとする唐十郎の面目躍如たる宣言がそこにあった。

 唐さんは鶴屋南北賞受賞の冊子にこう書いている。
 『「四谷怪談」の歌舞伎台本を読んでから、伊右衛門がお岩さまを戸板にくくりつけ流した橋(今は面影橋となっている)に行き、そこから戸板が流れた川筋をたどり、高速道路の下の真っ黒な運河を見下ろし、隅田川までと巡って歩いた。あるテレビ局のドキュメンタリーで、鶴屋南北の作品を介して、化政期の都市である江戸を覗きながら、その頃の観客に向かって、南北がどんな作劇術を編みだしたのかという・・・・目もくらむような主題を担った番組だったが、私がそのガイド役になったり、過去の舞台に飛んで伊右衛門になったりした。演出家のクラさんと、まる三日、戸板が流れていった水面を見つめ、追いかけ、終りにたどりついたのが夜の<隠亡堀>だった。戸板が引っくり返る名場面の、その水縁に立って、クラさんにこう聞かれた。「南北はどうして<水>という装置を、劇作の中で使ったのでしょうか」溜り水の岸辺に虫の声ひとつない。私はかぼそい声で言った。
 「水は江戸の<体液>だったんじゃないでしょうか。私もそんな水につかりたい」
 これは、鶴屋南北戯曲賞の知らせが届く二ヶ月前のことでした。受賞によって、私の作「泥人魚」は水を得ました。』(「受賞の言葉」)

 唐さんからの電話で鶴屋南北賞受賞の知らせを伺った翌日、ご自宅に劇団員が集まってのごく内輪のお祝い会にお邪魔した。そこには既に書き上げられた次回作「津波」の台本があった。A3のノートに万年筆で書かれた手書きの台本である。一字一句の訂正も追加もない、初稿にして完成稿だった。
「ぼくは役者だから、台詞を言うようにリズムで書くからこんなふうになる」と唐さんは言った。
きっと、鶴屋南北の台本もこうだったのではないか、と私は思った。

(2004年4月)


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