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いまアマゾンでは、映画製作の準備が進められている。
島田洋七氏が書いた自伝「佐賀のがばいばあちゃん」が原作の映画である。
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(「佐賀のがばいばあちゃん」徳間文庫) |
広島生まれの洋七さんが、原爆の後遺症で父親を亡くしたあと故郷である佐賀の祖母のもとに預けられ、小学校2年から中学卒業までの9年間をおばあちゃんと二人きりで暮らした生活を、笑いと涙で綴った物語である。
洋七さんは前書きにこう書いている。
『ばあちゃん、この二、三日ご飯ばっかりでおかずがないね』
俺がそう言うと、ばあちゃんはアハハハハハハ・・・・と笑いながら、
『明日は,ご飯もないよ』
と答えた。
俺とばあちゃんは,顔を見合わせると、また大笑いした。
今から四十年ほど前の話である。
所得倍増計画、高度経済成長、大学紛争、オイルショック、地価上昇、校内暴力、
円高・ドル安、バブル、そしてバブルの崩壊、価格破壊、就職氷河期・・・。
「今,世の中はひどい不景気だ」とみんなは言うけれど、なんのことはない。
昔に戻っただけだ、と俺は思う。
変わってしまったのは,人間の方だ。
お金がないから。
ホテルで食事できないから。
海外旅行に行けないから。
ブランド物が買えないから。・・・・そんなことで不幸だと思ってしまうなんて、どうかしている。
(中略)
本当はお金なんかなくても,気持ち次第で明るく生きられる。
なぜ断言できるかと言うと、俺のおばあちゃんがそういう人だったからだ。
私は洋七さんと同年代で、高度経済成長が始まる直前の時代に小学生だったが、その頃、クラスには家庭の経済格差が少しだけ現れていた。たとえば、家庭にテレビがある子とない子がいたり、持参の弁当の中身や服装にちょっとした差があったりした。しかし、クラスのだれもがそれをごく当たり前のこととして受け入れ、そのことで同情や差別が生まれることはなかったように思う。
なぜだろうか。
学校のクラスは社会の縮図だったからだ。金持ちの子も貧しい家の子も、成績のいい子もそうじゃない子も、あるいは健常の子もからだが不自由な子も混在していた。子供たちがそうしたクラスの状態を自然に受け入れていたのは、当時の大人たちが社会を混在しているものと認識し、子供にもそう教えていたからに違いない。階層や地位や身体的特徴によって社会の構成を区分するのではなく、多種多様な人間が混在することが世の中であり、それが公平ということなのだと考える大人たちがいた、ということだ。
洋七さんが前書きの中で「気持ち次第で明るく生きられる」と書いた「気持ち」とは、つまり当時の大人たちの社会観のことを言っているのだと私は思う。
高度経済成長は、日本人の社会観を一変させた。だから人生における幸福観も変えた。
大量にモノを消費するのが美徳とされ、より速くより効率的にというスローガンのもと高速道路と新幹線ができ、マンションと団地ができ、「豊かさと便利さ」の名のもとに、効率至上主義が職場をはじめ社会のすみずみまで徹底され、それまでの非効率的な「混在」は排除された。そして混在する社会の縮図であったはずの学校が異質な者を差別する場所になっていった。
経済価値を第一に追い求める時代を夢中に生きてきて気がついてみれば、私たちはテロや戦争や病気や子供たちの犯罪が頻発する現在にいる。
明治33年(1900年)生まれの「がばいばあちゃん」は、戦後の経済成長が猛スピードで進む時代にあって物質的な貧しさを何とも思っていない。皆がそろって進む方向に歩調を合わせようとしない。そこには葉隠を生んだ佐賀の人らしく武士道精神のようなものすらあって、断固、自分の生き方を曲げない、がばい(すごい)ばあちゃんである。
孫(洋七少年)が次々に抱える難題に当意即妙に応える、そのギャグのような対応ぶりは、極めつきの貧乏生活をこころから楽しんでいるようにも見える。がばいばあちゃんの生活はポップでさえある。
苦境を楽しむには、幸福を楽しむ何倍ものエネルギーが要るだろう。
私もこの映画を楽しもうと思っている。
(2004年6月) |