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【第22回】初夢 倉内 均
 年末年始の休みは、わたしにとってあれこれ企画を考える時間になっている。実際に成立するかどうかのリアリティは棚におき、行ってみたい場所へ行き、訪ねたい人物に会い、見たいものを見る、そして撮影後の夜のレストランや劇場も考える、ほとんど夢としかいいようのない番組を考えるのだ。
 このなんとも生産性のない、書き初めにもならない「初夢」の作業は、年末年始という舞台設定のおかげだ。緊張の日々のエアポケットにゆったりとたたずんで、終わりと始まりがあわただしく行き来するのを横目で眺めながら、先の成り行きをなんとなく思いやる。
 これはもしかしたらリタイア後の人間の淡々とした心境に近いものかも知れない、ふとそう思った。だけど、そんな心持ちで企画を考えられるのならリタイアは悪くない。いや、これからは企画というのはそうした環境から生まれるのかもしれない、とも思った。

 2年後に始まる団塊世代の大量定年退職時代が、日本のあらゆる産業の活性化の動機づけになっていることを考えても、リタイアの意味はこれまでとは大きく変わってくるだろう。どんな分野でもその年代を無視しては物事がうまく運ばない。自然、かれらの発言力は増してゆく。体力は弱まっているけれど経験の力は補ってあまりある、無敵のシニア艦隊の到来だ。実際、わたしの周囲でも還暦をこえた人たちに「おまえはまだ洟垂れ小僧!」と叱られそうな迫力を感じることが多い。先輩たちはほんとうに元気だ。
 つい最近でも、ラジオのトーク番組で聞いた春日二郎さんという人がいる。春日氏はいま86歳。戦後直後に立ち上げた春日無線から出発して、30年代には音響メーカーのトリオを設立(トリオのステレオは中学生当時のわたしの最大の憧れだった)、そしてさらにアメリカ・ケンウッドを成功させた経営者として音響の第一人者の道を歩んできた。
 しかし、春日氏は突如50歳代半ばになって創業者である自分の会社を退職し、アキフェーズという高級オーディオメーカーを作ったのだった。聞けば、いまアキフェーズは従業員100人足らず、年商20億の小さな企業である。なぜ、せっかく一流大企業に育てた会社をやめたのかという質問に、春日氏は「安い値段のものを大量に売るのは本意ではなかった。会社の規模が大きくなって、今度は何千という従業員の生活のためにさらに安く大量に、という経営が強いられる。自分は、本来、高級志向のオーディオを作りたかった」と答えている。
 春日氏のように、50代半ばというのがやりたい仕事をやり始める適齢期なのだとすれば、ほんものを見極める企画もそこから生まれてくる。年末年始、瞬間的リタイア状況で夢想するわたしの企画にもリアリティが出てこようというものだ。「初夢」も夢におわらないかもしれない。
 わたしの年頭(念頭?)の企画は、ロシアである。
 永い冬の終わりを待ちわびていたかのように、辺り一面狂ったように生命の響宴をくりひろげる春か、短い一瞬の夏か、撮影はその頃が望ましい。
 チェーホフやチャイコフスキーに代表される19世紀の、ロマンティックで、深くて哀しみのある、人間くさい文化がロシアにはまだ生きている。そこでわたしは、人間と大地と音楽の番組を作る。
 さあ、営業に行こう!

(2005年1月)


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