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韓流ブームのおかげで,このところアマゾンでは韓国関連番組の制作がつづいている。昨年10月から始まった『韓タメ!』(フジテレビ・毎週土曜放送)、そして日韓友情年を記念したスペシャル番組『韓流スターに恋して(仮題)』(2月・フジテレビ)、さらに4月に放送が予定されている、韓国ドラマ『宮廷女官チャングムの誓い』の関連番組『女流の心 韓国文化を支える女性たち(仮題)』(NHK)と韓国取材番組が目白押しである。
いうまでもなく、日本での韓流ブームを支えているのは女性たちだ。ここ数年来温度の高い韓国製の映画がヒットし、ついにテレビドラマの放映にいたって、女性たちが、視聴するだけでなく旅行や買い物へと行動的に反応してブームの火付け役となったことに職業的な関心はもっていた。しかし、なぜこれほどまでに日本女性のこころをとらえるのか、その理由について誰もが論者となって語り、いちいちもっともな説明を聞いて、ふーん、そうなのかと納得し、それ以上のことを考えたり言ったりする気持ちはわたしには生まれてこなかった。ただぼんやりと、映像メディアがもたらしたブームの背景に、国家が積極的に後押しするビジネス戦略がひそんでいるとはいえ、日本と韓国との間にあった不幸な歴史を乗り越えようとする双方のひとびとの熱意と努力があっての賜物だろうと想像していたにすぎなかった。
アマゾンが制作中の『女流の心 韓国文化を支える女性たち(仮題)』は、わたしのようなぼんやりとした「韓流」についての思いを持つ人間に明快なこたえを与えてくれる番組をめざしてつくられている。
番組は、韓国の文化を「料理」「物語」「漢(韓)方」の三つに集約させ、それらに女性たちがどう関わっていたのかを探るドキュメンタリーである。とりわけ、いま日本のお茶の間に定着している『冬のソナタ』をはじめとする韓国ドラマと密接に関わる「物語」のくだりには発見と驚きがある。これらのテレビドラマの書き手はほとんどが女性脚本家であり、女性ならではの視点でつむぎだされる「物語」のなりたちには、朝鮮半島の歴史において女性がおかれた地位から必然的に生まれたれっきとした理由があったことが検証されている。
「物語」がそもそも女性のものだったことは、日本の物語文学の最高峰である『源氏物語』の作者とおもな読者が女性だったことからもわかるが、紫式部自身が思い描く理想の男性像への女性読者たちによる圧倒的な共感が今日なお名作たり得ている理由だろう。光源氏の魅力は、「<なまめかし>、つまり清楚でほっそりと色白で、女性をくどく殺し文句のたくみさ,またその一方ではいつまでも女を見捨てない<心長さ>、さらに純粋でひたむきで、ときには平素の思慮分別を失って暴発する激しさなど、要するに理想の人といっても聖人君子からは遠く、男の肉体と欲望とのなまぐささを持つ存在である。その優しさと激しさとの共存が女心を酔いしれさせるのである。また源氏は基本的に半世俗、反政治の風雅の世界に属しており、それが彼の美の保証ともなっている」(今井源衛「平凡社・大百科辞典」)
この解説に書かれている光源氏のキャラクターは、韓国ドラマに登場する男性主人公そのものといっていいほどだ。そう考えると、韓流の主役たちには時代をこえ、民族をこえる理想の男性像が与えられていると言えるだろう。
韓国における「物語」の源流を探る今回の番組では、女性が「物語」と必然的に関わった最大の理由として、「源氏」が「かな文字」で書かれたのと同様、儒教社会においては女性のための文字であったハングル文字の存在に焦点を当てている。当時の社会では漢字は男だけのものとされ、女性が漢字を学ぶことや書くことは禁じられていたという。女性にはハングル文字しか許されなかったのだ。「公」すなわち政治や経済はあくまでも漢字をあやつる男の独壇場であり、「公」から隔離され「家」にしか生きる道がなかった女性たちが親しんだのがハングル文字で綴られた日記や小説だった。そして、女性たちの、料理をはじめとする家事あれこれや家族模様をつれづれに書き記すなかでの、ささやかだがたしかな手触りの日々の暮しの幸福を願う気持ちが「物語」を誕生させ、境遇を同じくする多くの女性たちの共感を得て「物語」は確立していったのだった。この取材は現在の韓流ブームの原点を解き明かし、わたしに「こたえ」をあたえるものになっている。
ひるがえって、なりたちから今日にいたるまで「物語」が女性のものだとすれば、わたしは「物語」の隆盛にこそ希望を見いだしたいと思う。いまわたしたちの社会を覆うさまざまな痛みと不安の多くは、男性原理たる政治や経済に起因するといってよい。男性原理が人々に幸せをあたえられる限界はもう過ぎている。韓流ブームの底流に見つけた女性原理に、わたしは勇気づけられている。
(2005年2月) |
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