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【第24回】出井流冒険の勧め 倉内 均
 ソニーの出井伸之氏が会長を退任し最高顧問に就任、とのニュースは衝撃だった。
 ソニーが戦後間もない1946年に設立してから60周年にあたる2006年にむけて、「TR(トランスフォーメーション)60」と名づけられた組織改革の陣頭に立って来られたのが出井さんだった。
 わたしは、「出井伸之 私の流儀」という番組でCEOとしての顏はもちろん、ワインやクルマなど多彩な趣味をもつ顏とともに2年間にわたって出井さんを取材してきた。オンとオフのふたつの軸をスリリングに交差させる出井流を目の当たりにして、取材はいつも刺激的だった。だからその番組が終了したあとも「TR60」を進める出井さんを取材するチャンスをうかがっていた。
 60周年は会社にとっても還暦、「ソニーは生まれかわらなければならない」と語る出井さんの言葉から、「会社が生まれかわる」というイメージにすっかり魅了されたわたしは、出井流への関心をさらに強くしていた。
 会社の規模で言えばソニーとアマゾンとではおよそ比較にならないが、出井さんの発想のしかたは小さくはあってもわたしたちの組織を考える上で刺激になった。数えあげればきりがないほどだが、もっとも印象に強いのは、出井さんが熱をいれたクオリア・シリーズの商品開発だった。これこそは出井流スピリットを象徴しているとわたしは思う。
 茂木健一郎氏の「クオリア」学説を受けて、人間の脳のなかにある根源的な感動を導きだそうというのがクオリア・シリーズのコンセプトである。
 大量生産ではなく注文生産によるこの商品群は、デジタル環境が整いつつあるなか、「薄い・軽い・安い」がもてはやされる時代にあえてアンチ・テーゼともいえる「厚い・重い・高い」という高級本物志向の追求だった。それゆえ、これらは一般向け商品として爆発に売れるものにはならないだろうとだれもが考えたにちがいない。
 しかし、クオリア・シリーズの発想そのものには、時代の要請に沿って生きるだけでいいのか、売れるものだけを作っていていいのか、という作り手としての強烈な自問自答をわたしは感じた。むしろ、作り手が新しい時代をリードしなければ、という意気込みを受けとった。わが身にひきよせていえば、人々のニーズに応えなければもちろんテレビは生きていけない。しかし、本物志向を忘れたらテレビをやる意味がない、ということだろう。
 本物志向は必然的に、平穏無事な日常からの冒険へと向かわせる。冒険には失敗がつきものだ。たえず冒険は逆境に身を置くことと背中合わせとなる。だから、たいていは尻込みしてしまうところだ。しかし、ある時期肩の痛みに悩んでいた出井さんが、肩に無理がかからないフォームを工夫してゴルフの練習に励む姿を見てとても驚いたことがある。
逆境ならむしろそれを楽しんでしまえ、というようにみえた。それはオフでのエピソードだったが、オンの場面においてもきっとそうなのだと想像した。
 人は逆境に身を置いたときにはじめてその人本来のエネルギーが出てくるのかもしれない。
 冒険が楽しいのは、それまで気づかなかった自分の真価を発見させてくれるからではないだろうか。

(2005年4月)


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