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【第26回】アマゾン・ドット・コムの光と影 倉内 均
 潜入ルポ「アマゾン・ドット・コムの光と影」(横田増生著)を読んだ。これは、著者がアマゾンの物流センターにアルバイトのピッキング店員として潜り込み、ハイテクIT通販企業の雄としてのアマゾンの物流システムの内情を克明にルポルタージュしようとした話題の本である。

 「アマゾン」といえば、いま多くの人は「ああ、あのネット書店の。本社はアメリカですよね」などと答えるだろう。我が社と同名の社名をもつことから、ときどき間違って本の問い合わせの電話がかかってくるたびに、はたしてむこうのアマゾンには番組の問い合わせがいったりすることはあるのだろうか、と考えてしまう。ちょっと悔しいのは、会社の設立ではわたしたちのほうが先なのに、「amazon」というドメインネームの登録で先を越されたことである。結果、我が社は「amazone」という、アマゾネスを思わせるようなものになっているのである。
 それはさておき、実はわたしはアマゾンユーザーでもある。インターネットで1500円以上を注文すると送料無料で、原則24時間以内に指定の場所に配送してくれる。仮に、1500円の本を一冊だけ注文したとすると宅配便の一回の送料が300円なので1200円に値引きされたことになる。出版社・取次(本の卸)・書店という流通のなかで利幅が薄いとされる末端の書店が2割も値引きして成り立つ商売の仕組みとはどうなっているのだろうか、素朴な疑問だった。
 値引きに加えて、簡単な決済方法、ネット上で推奨される関連本の紹介の精度の高さなど、わたしのように本屋に足を運ぶ時間の余裕がない、しかし本を読むことが仕事や生活のうえで大きなファクターになっている人間をとりこにする魅力がそこにはあって、わたしもアマゾンにはまっている人間である。
 そのアマゾンのシステムがどうなっているのかという、テレビではなかなかあり得ない体験的潜入ルポルタージュが出版されたというので、わたしは何件かの書店を探しまわって、やっと新橋の書店で入手した。(もちろん、アマゾン・ドット・コムで入手することはできるのだが、なぜかその気にはなれなかった。)

 著者の半年間にわたる潜入ルポは、実際にアルバイトとして働いた現場にあって、秘密主義の壁に阻まれながらなんとかして独特なシステムを解き明かそうとする取材力で一気に読ませる。そして、まさに時代の最先端を行くこのIT通販企業をささえているのは、そのピラミッド型のシステムの底辺において、徹底したマニュアル管理のもと個々人のオリジナリティが発揮される余地はなく、効率のみを重視されながら働くアルバイトたちの過酷な労働であるということが、読み進めていくうちに徐々に明らかになっていく。
 それは、あの有名な映画「メトロポリス」(1926年製作)を想起させる労働現場だ。自分が何の為に、何をしているのかもはっきり知らされず、ただ大きな流れの歯車の一員として、すり切れるまで働かされる労働者たち。彼らは単なる「労働機械」でしかない。
 「代わりはいつでもいる。やめたければいつでもどうぞ」という雇用側の意識を嫌というほど感じながら、しかし、時給900円のために黙々とピッキングという単純作業に従事するアマゾンのアルバイトたち。ピラミッドの底辺に位置する彼らはその上の階層とコミュニケーションをすることは許されていない。しかし、その上の階層にいくと、また同じ構造になっているのだ。会社の売上高すら明かさず、システムを盤石にしていくための、徹底した秘密主義がとられている。それは日本支社の社長とアメリカ本社の間でさえもそうなのだと著者は明らかにする。
 
 「働く場所としては、アマゾンのことをこれ以上ないくらい嫌悪しながら、同時に利用者としてアマゾンのファンであるという矛盾した気持ちが同居している」という著者の独白。その矛盾はユーザーであるわたしも共有する読後感となっている。
 「本」という、限りなく人間的な媒体がわたしたちのもとに届くその過程に存在するあまりにも非人間的な現場という図式は、ハイテクIT企業のまさしく影の部分だ。消費者の利便性の追求、それに応えることで急成長したアマゾン・ドット・コム。利便性の追及の裏での過酷な労働集約型の、人間性を疎外する労働現場。
 この本は、いま日本社会全体が突進しているのが「アマゾン的」な世界であることを示唆する。平等をうたう社会の、しかし実はどうしようもない不平等の実在こそが、現実なのだと著者は言う。労働現場の最底辺で、ノルマとコンピュータの監視を受けながら時給900円で働く人々が、その上の階層にいくことは、これから先の秘密主義、超効率主義の社会ではありえないことだ、とも指摘している。

 「階層化社会は働く人間を“エリート”と“非エリート”にわけていく。そこでは考える事はエリートの仕事であり、手足となって働くのは非エリートの仕事だ。そしてその峻別は際限なく繰り返される。常に競争を強いられる現代ではエリートであろうと安穏とはしていられない。エリート集団のなかにもさらなる階層化が待ち受けているからだ」(著者)

 わたしたち、テレビ番組制作の現場には関係ないことだ、と言い切れるだろうか。

(2005年8月)


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