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【第27回】「妖怪大戦争」 倉内 均
 「妖怪大戦争」(三池崇監督)を見た。夏休み真っ盛りの日曜日の昼下がり、地元の映画館はそこそこの入りであった。
 最近では飲食禁止の映画館が多いが、子供たちを意識してかその映画館はそうでなかった。子供たちはポップコーンとコーラを手に食い入るようにスクリーンを見つめ、わたしもビールと柿の種で楽しんだ。そんな風に映画を見たのはずいぶん久しぶりのことだった。映画産業が活況を呈した昭和30年代の映画館で、ラムネと駄菓子を手に客席に座り、隣の人と汗ばんだ腕が触れ合うほどの密集のなか、ハラハラドキドキの展開に一喜一憂した懐かしい記憶がよみがえった。
 しかし、「妖怪大戦争」はその時代の映画館を思い出させるだけではない。娯楽映画の本流のあり方を示してもくれる。それはオールスター・キャストによる競演、すべてのパートのスタッフがいかんなく見せてくれる職人芸、そして初めから終わりまで芸術の香りなぞおくびにも漂わせない、その徹底した見世物ぶり。観客は、次第にドラマとしての整合性を追うのを忘れ、次々に登場する妖怪たちの摩訶不思議な姿かたちに目を奪われて、ただただ楽しんでいる自分に気がつくのだ。わたしは何十年ぶりかというくらいに素直に映画を堪能した。
 「妖怪大戦争」の内容は単純だ。東京を壊滅させようとする新種の妖怪達に、日本古来の妖怪達がいっせいに立ち向かう、そして勝つ、というものだ。この作品の最大の企みは、この日本古来の妖怪の復活というところにある。ろくろ首、のっぺらぼう、河童といった妖怪界のスーパースターだけでなく、マニアだけが知っているような、ありとあらゆる実在した(?)妖怪が登場する。
 妖怪はハリーポッターやナルニア国よりは身近だ。日本はかつて妖怪大国だったからだ。江戸時代にあっては、庶民は妖怪を日常生活に取り入れ、その存在を恐れながらも楽しんでいたともいえる。それまで口承で伝えられてきた妖怪は黄表紙、浮世絵といった印刷物が広まることによって具体的な姿かたちのイメージを得、その存在が庶民の中で一気に広まっていった。その後、明治の近代合理主義は日本社会から妖怪を閉め出したが、妖怪はしぶとく生き残り、ここにきて妖怪待望論がそこかしこから噴出している。宮崎駿アニメは日本だけでなく海外でも高い評価を得ている。そこに日本の妖怪達の生命力が描かれているからであろう。
 と考えてくると、「妖怪大戦争」は単なる娯楽大作ではないことに気づく。妖怪がもともと庶民の想像力の産物であるとすれば、この映画は想像力の復権をこそ訴えかけている。

(2005年9月)


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