10月28日、英国大使館大使公邸で叙勲式があった。受勲したのはC・W・ニコルさん。フライ・イギリス大使の手で羽織袴姿のニコルさんの胸に勲章がつけられた瞬間、黒姫の赤鬼はいよいよその顏を紅潮させて、目を潤ませた。
ニコルさんが授かった勲章は「名誉大英勲章」。イギリスとの関係発展に尽くした貢献に対して与えられる栄誉で、名前の後に勲章の頭文字MBE(Honorary
Member of the Most Excellent Order of the British Empire)をアルファベットで記すことができる。
日本国籍を10年前に取得し、いまや押しも押されもせぬ日本人となったニコルさんだが、さすがに女王陛下の勲章が与えられて感慨ひとしおの表情をみせた。
(MBE勲章を胸にしたニコルさん。筆者撮影)
式に集まった人々に向かってニコルさんは謝辞の挨拶をした。
「40年前に初めて日本に来たときは空手の修行だった。武器を持たずに戦うためだった。」
長野県黒姫にあるニコルさんの自宅には小さな道場があって、空手の稽古はいまでも欠かさない。しかし、この40年ニコルさんが戦ってきたのは、環境破壊との戦いだったろう。「武器」の代わりにニコルさんは「物語」で戦ってきた。黒姫山の麓に作りつづけている「アファンの森」には、生まれ故郷ウエールズの、産業革命以降の石炭採掘ですっかり荒れ果てボタ山と化してしまった森を人々の努力で元の美しい森に復活させた「物語」が秘められている。だから黒姫のアファンの森は、ニコルさんにとって「物語」の象徴であり、戦いの拠点でありつづけている。
わたしたちはアマゾン設立まもない時期から黒姫のアファンを舞台に『おいしい博物誌』や『冒険家の食卓』などのシリーズをはじめ多くの番組をニコルさんと作ってきたが、かれが大事にしたのは、ひとつひとつの番組がどんな地球の物語を紡ぎだせるのか、ということだった。情報よりも物語を。それが、わたしがニコルさんと仕事するたびに自分に言い聞かせたことだった。そして、ニコルさんは常に自らを物語の語り部たろうとした。ニコルさんのことばが美しい響きをもつのはそのためだと思う。
ニコルさんの、もうひとつの物語は「海」にある。和歌山県太地に住み捕鯨船に乗り組んで書き上げた小説『勇魚』で描かれた明治の鯨漁師の物語は、やがて日英同盟が結ばれ第一次大戦下世界の海へ出て行った息子の物語へとつながっていく。すなわち日本海軍を舞台に、『盟約』『遭敵艦隊』そして最新作『特務艦隊』へとつづく4作からなる「海」の物語である。ニコルさんは鯨漁師・甚助と海軍に身を投じたその息子・三郎を物語の中心にすえて、いまは失われつつある日本人の誇りを浮き彫りにし、また、日英同盟という国際関係を探りながら良好な相互理解のあり方を提示した。イギリスと日本とふたつの故郷をもつニコルさんならではの物語である。
今回、ニコルさんに授与された勲章は、もちろん日英両国の間の平和的貢献に対してのものであることに間違いない。ただ、もうひとつ、ニコルさんが語りつづけてきた「物語」に対しての勲章でもある、とわたしは思った。