佐賀のがばいばあちゃんが海を渡った。
3月20日から行われたアジア最大の映画見本市である香港フィルマートに出かけた。期間中のジャパンプレミアで、『佐賀のがばいばあちゃん』が日本映画代表作品として出品・上映されることになったからだった。VIPOはじめ関係者の方々のおかげで、公開まで1ヶ月という願ってもないタイミングで、国内公開に弾みをつける絶好の機会をいただいた。
22日当日、主演の吉行和子さんと原作者の島田洋七さんが到着、会場のコンベンションセンターに入った。午後6時にレセプションが始まり、世界中から40カ国をこえる国の映画関係者、配給会社のバイヤーたちがロビーに集まった。上映前の舞台挨拶に備えて、シアター2のスクリーン裏の控え室にいたわたしたちは、主催者の方から「今日の観客の多くはバイヤーで、ビジネスの観点から見るので、かなりクールな反応だと思っていてください」と聞かされた。自分の国では商売にならないと思うと即刻席を立って別の作品に当たる、限られた期間のなかでビジネスチャンスを探す人々を相手にする試写であることに、わたしは少し緊張していた。
6時30分、わたしたちはキャパシティ300人ほどの客席の三分の二を埋めた舞台に立った。わたしたちが日本語で話し司会者が英語で通訳する15分ほどの舞台挨拶が終わって、いよいよ英語字幕版『GABAI GRANNY』上映。
これまで日本での試写会では、だいたい始まって5分くらいすると客席からすすり泣きが聞こえてきていたのだが、ここではシーンとしている。やはり、ここはビジネスのチェック試写なのだという思いでいると、少しして、がばいばあちゃんが孫の明広と川に入って野菜を拾いながら言う「川はうちん家のスーパーマーケットばい!」というくだりでどっと笑いが起こった。それ以降、映画が終わるまで、客席は笑いとすすり泣く声の連続だった。太い声の泣き声も聞こえた。
エンディングのローリングが終りきらないうちに拍手が起き、鳴り止まない。スタンディングの人もいる。私たちは促され、再び舞台に立って拍手に応えた。
袖に退こうとしたとき、客席からインド系の男性が駈けてきてわたしに握手を求め賛辞の言葉を言ってくれた。
上映後、まずは台湾での配給が決まった。
がばいばあちゃんは、日本が近代化のなかで忘れ、失くしてきた古き良き生活信条の持ち主である。それは、つい100年前まではわたしたちがごく当たり前に持っていた思想であり哲学である。
思いもかけない香港での反応はなによりも、がばいばあちゃんの精神が人種や国籍を超えて普遍のものであることを証したのだと思う。そして、川とともに生き、川からの恵みをいただくがばいばあちゃんは、自然の流れに逆らわずに生きる「アジアの人」として受けとめられたのだった。
(2006年4月)