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【第42回】 「方法論のみを追う者は堕落する(大島渚)」
倉内 均
 ATP(全日本テレビ番組製作社連盟)の「ATPセミナー2007」が6月26日に開かれた。会員社の若手制作者や番組制作を志望する学生を対象に、昨年度のATP賞各部門の最優秀賞を受賞した4番組のディレクターを招いて、受賞作について話してもらうという主旨だった。わたしは昨年度のATP賞審査員であったことから聞き手として、情報・バラエティ部門の最優秀賞を受賞した『あの夏 60年目の恋文』(テレコムスタッフ制作)を演出した石澤義典さんにお話を聞いた。
 番組は、終戦1年前の昭和19年7月に国民学校4年生だった10歳の少年(岩佐寿弥氏)が教育実習生の20歳の女教師(川口汐子氏)にほのかな恋心をいだき、その後まったく会うこともなく過ごした60年を経て、突如始まった文通の、お二人の手紙の朗読を中心に、それぞれが暮らす姫路と東京の現在の生活ぶりを伝えるドキュメンタリーと当時を再現したドラマで構成される。
 審査委員会での議論の的は、この番組で採られた方法にあった。驚くことに、80歳と70歳になられたお二人はドキュメンタリーの対象者の立場を超え、演出家が用意したドラマの出演者ともなるのである。スタジオセットのなかで手紙をしたためる、書き終わった手紙をポストに投函する、当時の遠足を再現したシーンで20歳の川口さん(俳優)と70歳の岩佐氏が向き合うなど、自由闊達に虚実の皮膜のなかを行ききする演出に対して審査委員の高い評価が集まり、文句なしの最優秀賞に選ばれた。さらには外部有識者の審査委員会からなるATP賞総務大臣賞も獲得したのだった。
 今回のセミナーで、わたしはかねてからの疑問をぶつけた。斬新な方法論が勝ちすぎて、もっと言えば、ドラマのなかで本人が演じてしまったために、お二人の実在感というか実在の重みが希薄になってしまったのではないかと。演出家が今回の方法に行き着いたのはどんなことからなのか。
 石澤ディレクターは、「人物がもつ事実を伝える上で、ドキュメンタリーとかドラマとかに分けて考えない」と答えた。正しい演出論だと思う。だれしもカメラを向けられて「自分」を演じない人間はいない。そもそもドキュメンタリーとかドラマとかジャンルに分けるのは、演出家ではなくむしろ放送局の編成上、営業上の理由が大きい。しかし、それでも、演出論のなかでは峻別が必要だ。事実を伝える、かつ効果的に伝えるときに、撮影対象者とどう向き合うのか、その向き合い方が演出であり、番組の方法を決定づけるからだ。ドラマかドキュメンタリーかの選択は、作りだけが決めるものではなく、あくまで対象者との関係のなかで決定されるものだとわたしは考えている。
 作り手にとっては、「方法」はいつも誘惑的だ。つい、斬新で類を見ない方法をと、考えてしまう癖がある。そして、「方法」は時として商品価値を持つことが多いので、なおさらだ。
 石澤ディレクターはまた、「今回、(方法上の)冒険はしていない」と言った。聞けば、石澤さんはこの番組の取材期間に1年を費やしている。その間の対象者との関係の様々な変化が最終的な番組の形になったことは想像できる。この番組で多くの審査員を魅了した多彩で複雑に見えた方法も実は地道で辛抱強い取材活動での関係作りから生まれた、きわめてシンプルな作業の末のものだった。

(2007年7月)


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