劇団☆新感線の演劇『朧の森に棲む鬼』(作:中島かずき 演出:いのうえひでのり)を、15台のハイビジョンカメラを使って撮影し、映画として上映する「ゲキ×シネ」の完成披露試写を見た。
「ゲキ×シネ」とは文字通り演劇と映画の掛け合わせだが、今回の作品は従来型の演劇中継でも劇映画でもなく、「演劇は生の舞台で見るもの」という常識を覆し、これまでなかった映画体験としても驚きだった。わたしは新しいエンターテインメントの到来を思わない訳にはいかなかった。
© 松竹/ヴィレッジ 2007.10月公開
このゲキ×シネ版『朧の森に棲む鬼』は、新橋演舞場での舞台公演にカメラを入れて撮影されている。
映像は、主演の市川染五郎をはじめ、阿部サダヲ、秋山菜津子、古田新太らのキャスト陣の演技の、おそらく舞台上演では発見できない微細な表情をクローズアップで写し取り、クレーンや俯瞰ショットで、これまた劇場では決して体験できない多角的な視座を提供する。見る者はあたかも自分が椅子席から浮揚し宙空を移動しながら演劇空間にいるような感覚に襲われる。
映像構成は、数台のベースのカメラによるスイッチングに加え、他の数台のカメラで撮られた短いカットを挿入して劇的効果を増していき、いつしか舞台上の出来事であることを忘れて物語世界に没入させる。完成された演劇は映像の切り取りによって、まったく別のリアリティを獲得し、ときおり激しい動きで顔に吹きだす役者の汗がこちらに飛び散ってくるかのような立体感さえある。
とりわけ感心したのは、古代神話的な物語とデジタル映像処理とのマッチングの妙であった。遠い時代の非現実的世界が手で触れられるような肌触りを得るのである。
と、わたしは新宿バルト9の大スクリーンで、ゲキ×シネの迫力と臨場感を充分堪能したのだが、見終わったと同時に作り手として大いに刺激も受けた。
今回のゲキ×シネ『朧の森に棲む鬼』はデジタルカメラで撮影され、ハードディスクに収納されて映写するデジタル・シネマである。その行程にフィルムは存在しない。現在、日本には3000を越えるスクリーンがあって、その大多数はフィルム上映によるものである。今後、多くのスクリーンがフルデジタル化されていくのは確実である。
そのとき、まったく新しいメディアが到来するだろうことは想像に難くない。現に、昨年のドイツでのサッカー・ワールドカップの試合が衛星によって日本各地の劇場へ配信され、時差で深夜に及んだにもかかわらず、そして高額の入場料にもかかわらず、多くの観客が劇場におもむき大勢の人と一緒に興奮を共有しながら見た「パブリック・ビューイング」は既に始まっている。こうしてデジタル・シネマは劇場のあり様を変え、興行作品の流通システムを変え、娯楽の質を変えていく。それはとりもなおさず、テレビメディアも変わらざるを得ないことを意味する。
そして、わたしたちが培ってきたデジタル映像ならではの"表現のコツ"は、ドラマやドキュメンタリーとかのジャンルの境界線を超えるにとどまらず、演劇やコンサートやテレビや映画といったメディアの境界をも超えて、表現と映像ビジネスの領域を一気に拡げていくだろう。
(2007年9月)