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【第47回】アマゾン20周年
倉内 均

 この4月でアマゾンは創立20周年を迎えました。これまでわたしたちを支えていただいた多くの方々に心より感謝申し上げます。今後もさらに努力を重ね、おもしろいと言っていただく番組づくりに励んでいくつもりです。
 設立時20人足らずでスタートしたアマゾンはいま80名を超え、稼働しているプロジェクトの数も常時30を数えています。
 この20年でテレビ番組を取り巻く状況は様変わりしました。製作会社にとっては、NHKの番組が製作会社に開放されるなど活動の場が増える一方で番組制作の現場では著作権のありようや制作費の切り詰めによるコスト削減といった問題と、それに大きく関わるこの業界の将来を担うべき若い人材が激減している問題があります。しかし、こうした悩み多き問題を抱えながら、非常に速いスピードで進むデジタル化はわたしたちの可能性を開きつつあるのも事実です。わたしは、デジタルの可能性の追求次第では現実の諸問題を解決する糸口になるかもしれないと考えています。デジタルという方法を使って未体験の表現に積極的に挑戦していこうと考えています。そして、いまこそその時であると確信しています。わたしたちのこの挑戦はまもなく始まろうとしています。今後、機会を得て紹介していきたいと思っています。

 20年前にわたしたちが志したのは、いかに魅力的なクリエーター集団であるかでした。初心忘れるべからず。わたしがこの20年に出会った、以下に挙げる3人のクリエーターを思いながら初心を確認したいと思います。

 最初の一人は、建築家のフランク・ロイド・ライトです。彼は、100年前のアメリカの近代化の中にあって「異端」と言われながら「有機的建築」をめざしました。いまで言えば、自然環境とともにある住宅建築でした。たとえば、家を建てるとき彼はまず樹を植えることから始めます。やがて大きく成長した木陰の中で直射日光が遮られ、涼やかな風が家の中を吹き渡ります。わたしが取材したライトの設計になる現在も人が暮らす10数件の家のどこにもエアコンはありませんでした。化石燃料が環境に及ぼす影響や資源そのものの枯渇を当時のライトが考えていたかどうかはわかりませんが、植物や水を人間の住環境にとって重要なものとした「先見性」は、まさしく100年後を読むクリエーターの仕事と考えていいと思います。

 二人目は、振付家のローラン・プティです。
 プティは1924年パリ生まれの現役の振付家です。20世紀前半のパリはピカソなどの芸術家が国境を越えて世界中から集まる国際都市でした。その多国籍的な空気を少年プティは吸っていました。
 プティはまた、ジャン・コクトーやサガンといった作家、画家のベラールやマリー・ローランサン、音楽家のサティたちとバレエを通じて交流し、それまでのバレエの常識を破る仕事をしています。わたしが惹かれるのはプティのクリエイティブな「越境性」です。彼の代表作である『若者と死』や『デユーク・エリントン バレエ』、『ピンクフロイド バレエ』は異ジャンルのアーチストとの交流によってもたらされた越境者ならではの成果です。彼はいま、アジアのダンサーによるアジアの作品に関心を寄せています。私たちが映像でローラン・プティと交流する日は遠くないと考えています。

 そして、私が畏敬してやまないクリエーターのいまひとりは、建築家の池田武邦さん(大正13年生まれ・84歳)です。この2月にNHKハイビジョン特集『廃虚から高層ビル、そして・・・~建築家・池田武邦が語る戦後~』を制作・放送したばかりなので詳しくは述べませんが、日本最初の超高層ビルである霞ヶ関ビルをはじめとする超高層建築の第一人者となった建築家です。しかし、ある日突然、池田武邦は最大手の建築設計会社で社員600人の日本設計の社長でありながら、超高層建築に疑問を持ち180度の転換をします。以来、彼は日本各地を歩き土地の風土に根ざした建築文化を追い求め、江戸の循環型社会をモデルにハウステンボスを作ったのです。私は番組のディレクターとして半年間池田さんにおつき合いを願いました。そして多くのことを学びました。その一つは、クリエーターとは常に虚心坦懐であろうとするということでした。それは、孤独を恐れず、創造と破壊を繰り返していくということなのかもしれないと、いま私は思っています。

(2008年4月)


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