アマゾンはこの3年、全日空のCO2削減の企業戦略「eco-fright」をPRする機内ビデオ用に、C・W・ニコルさんとともに環境をテーマにした映像作りに取り組んでいる。6月、シリーズ3作目が日本中の空を駆け巡る。
今回の撮影は4月の中旬、まだ雪の残る長野県黒姫の「アファンの森」で始まった。森、水、空気、そしてそれらをめぐる大いなる地球の循環がテーマ。映像の中にいかにしてこの美しいアファンの水と、風と、空気を閉じ込められるのか。とりわけ、目に見えない「空気」をどう映像化するか、スタッフはおおいに悩んだ。
「空気」の旅は、アファンの森に新たに作られた小さな川から始まり、やがて大きな川となって日本海に流れ出て、雲を作り雨となって再び森を潤す循環を描く構成となった。この地球規模の循環を司るのが空気だからである。
しかし、理屈ではなく感性に訴えるのでなければ、潜在的に人々が持つ環境にたいする危機感に共鳴することはできないだろう、4月の黒姫、アファンの森で、空気、風のことを考えていた。
黒姫での最初の撮影が終わった4月中旬、「大変!絵から音が聴こえる」と妻が興奮して帰って来た。国立近代美術館で開かれていた「東山魁夷展」を見て来たという。「これは見た人にしかわからない。絵から滝の音とか森の音が聴こえてくるんだから」
想像できなくもなかった。画家は平面のキャンバスに目に見えないものを閉じ込めるべく七転八倒する。時間や距離や愛や祈り、きっと音もそうだ。
展覧会が終わる2日前の夕刻、わたしは「音」を聴くべく竹橋にある美術館に行った。展覧会は新聞社の主催で大宣伝がかかっていたこともあり、大勢の人でにぎわっていたが、夜間開館ということもあり、徐々に人の波は退いていくところだった。
1時間後。わたしは興奮のるつぼの中にいた。東山魁夷の絵の中に、「空気」が見えたのである。幻想の白い馬、夜の深い闇の中にある滝、豊かな水をたくわえた森、それらの中を風が通り抜けていくのが「見える」のだ。東山魁夷の絵から「地球」を感じたのは妻も私も同じだった。理屈ではなく感性に訴える「地球の自然」の美しさは、じつは見えないものを感じさせることに他ならない。そこに東山魁夷のすごさがあると思った。
見えるはずのないものが見え、聴こえるはずがないものが聴こえる。そこに深い感動と驚きがあり、発見がある。自然環境問題に向かうとき、想像力こそ人間の最後の武器だとも思った。
今回の「eco-fright」で、わたしたちが表現しようとしたのは、この想像力だった。
(2008年6月)