わたしが、沖縄県うるま市にある世界遺産「勝連城」を初めて訪ねたのは昨年の8月だった。眼下に太平洋がひろがる丘に建ち、その大きな城壁はどこか西洋の城を思わせる威容ぶりで、陽の光を映して刻々黄やオレンジに染まっていく。
わたしの目的は、15世紀、この勝連城の城主だった阿麻和利を主人公に描いたミュージカル、現代版組踊「肝高の阿麻和利」を見ることだった。沖縄に古くから伝わる伝統芸能「組踊」をベースに、現代音楽とダンスを取り入れたこの舞台は、南東詩人・平田大一氏が演出し、俳優、音楽、演出スタッフのすべてが地元の中学生高校生によって上演される。2000年の初演以来、高校卒業と中学入学という世代交代をしながら受け継がれ、「肝高の阿麻和利」ただひとつの演目を10年間つづけてきたロングランの舞台である。
「肝高(きむたか)」とは沖縄の古語で「心豊か」「気高い」という意味だという。勝連の民衆とともに生きた英雄、阿麻和利だけでなく、勝連の町や人びともさしている。実は、首里王朝が支配してきた琉球の歴史のなかで、勝連の阿麻和利は首里に謀反を企てた逆賊とされた人物だった。それゆえ沖縄では長いあいだ阿麻和利に光が当てられることはなく否定的なまなざしの対象だった。そこで、10年前、勝連の人びとは地元に伝わる古文書や伝説を掘り起こし、支配権力によってつくられた阿麻和利像を覆し、本来の姿を発見したのだった。そして、そのことが勝連の人びとを勇気づけ、町おこしにつながると考えたのが上演のきっかけだった。ふるさと創成の試みでもあった。なによりも、子どもたちに自分たちの町の歴史を再発見してもらいたいという願いが込められていた。企画の発端が教育委員会だったことからもその思いはよくわかる。
はじめ一回だけの予定だった公演が10年間で公演回数150回、観客動員は9万人に達している。これは、町の人びとや演出家平田さんの熱意だけではない。子どもたちがいたからだ。最初10人ほどだった子どもたちはいまでは150人を越す大きな集団となっている。
「阿麻和利」は単なる課外活動を超えていまや子どもたちの大事な「場」になっている。学校の放課後に稽古場に集まってくる子どもたちにとっては、なくてはならない「居場所」であり、もう一つの学校のようにも見える。上級生と下級生が一緒になって活動するなかで養われる思いやりと礼儀。お金を払って来てくれる観客に喜んでもらわなければならないプロとしての厳しさと伝わったときの喜び。ここは、いま、学校の教室や家庭では得られない緊張感と達成感を感じさせてくれる、自己表現の場なのだ。だから、どの子どもたちの表情もとびきり輝いている。わたしは、初めて舞台を見たとき、実はゲネプロと昼夜2回の公演をつづけて見たのだが、その度に感動し泣いてしまった。150人が舞台に勢揃いする場面でもひとりひとりがそこにいる。150の個性がはっきり現れている。集団でありながら個人である、という集団の理想の姿にわたしはとても刺激された。
以来、アマゾンは「肝高の阿麻和利」のドキュメンタリーを撮影している。昨年11月のハワイ公演にも同行した。舞台が幕となって、1000人を超す観客全員のスタンディング・オベーションでの拍手と歓声が鳴りやまなかった。それでも熱狂は覚めやらず、ホール前の広場でいつまでも唄と踊りの交歓がつづいた。観客の大半を占めた沖縄出身の日系二世、三世のおじいさんやおばあさんたちとの交流を通じて、子どもたちはあらためてウチナンチューの魂にふれたようだった。
そして、今年8月、待望の「肝高の阿麻和利」東京公演。
かれら、「阿麻和利の子どもたち」をぜひご覧いただきたい。
(2009年7月) |