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このところ、暇をみては昭和30年代の東映時代劇映画を見ている。昨年夏に出版された『井川徳道の映画美術』(ワイズ出版)を読んだのがきっかけだった。この本は、美術監督・井川徳道氏へのロングインタビューという形式で、手がけられたほとんどの作品の、主にセットデザインの具体的な作業についての自作解説となっている。
井川徳道氏は1929(昭和4)年生まれ。近代映画協会などの美術助手をへて、1954(昭和29)年に東映京都撮影所に入り、『江戸の名物男 一心太助』(沢島忠監督・1958年)で美術監督になった。以来、東映映画150本ほどの映画美術を手がけてきている。井川作品の歴史は時代劇映画から任侠やくざ映画、さらには『仁義なき戦い』などの実録やくざ映画へと歩んだこの60年間の東映映画の歴史であり、日本映画の戦後史そのものでもある。
昭和30年代時代劇全盛の時代に、小学生だったわたしは毎週のように東映の映画館に通い、中村錦之助や大川橋蔵に熱狂していた。昭和35年に第二東映ができてからは、東映だけで4本の新作時代劇が週替わりで公開され、おそらくそのほとんどを観ていたと思う。
井川氏のインタビューを読み、美術の視点から、いま改めてそれらの映画を見るのはとても面白い。なかでも22本の時代劇で組んだ沢島忠監督の作品には圧倒される。
『お役者文七捕物暦 蜘蛛の巣屋敷』(昭和34年・中村錦之助主演)では、スタジオに本格的な歌舞伎小屋を作り、錦之助の父・三世時蔵をはじめ兄弟など萬屋一門が総出演、歌舞伎『女暫』を再現している。映画のなかにリアルな歌舞伎が挿入される演出は刺激的だ。また、観客として芝居小屋を埋める数百人のエキストラのひとりひとりにカツラと衣裳をつける予算だけでも、いまでは考えられない。
『ひばり・チエミのおしどり千両傘』(昭和38年・美空ひばり、江利チエミ主演)では、劇中突然、スタジオのホリゾントを背景にスモークを焚き、抽象セットのなかで美空ひばりと水原弘の歌のシーンが入る。映画のなかに演劇的なスタイルを持ち込んだ実験的な手法だ。
さらに、『間諜』(昭和39年・内田良平、松方弘樹、緒形拳主演)。スタジオに堀を作り、数百人の群衆が阿波踊りをするなか、三人の間諜(幕府から阿波に派遣されたスパイ)が踊りの列にまぎれて報告しあうというシーンや、堀に注ぐ水路に三人が潜み、かれらの背景に踊りの行列が通っていくカットは、夢のように美しい。
ヌーベルヴァーグ時代劇といわれる沢島監督作品だが、美術デザインの革新性があってこそだろう。わたし自身たえず新しい試みをこころがけようとするものだが、こうした沢島・井川コンビの作品を前にすると、何十年も前にすでに新手法は開発され尽くしていたのだと愕然となったり、また勇気づけられたりする。
井川徳道は語る。「アイデアがわいてくるんですよ。忙しいでしょ。どんどん撮影をしていくという時代で、建てたら壊しまた建てて撮影というのを毎日のように繰り返しているわけですからね。一年に何本も本編をやっているということになると頭の回転も早くなり・・・、セット杯数の多い時代でしたから。即席ですよ」
量産のなかでの破壊と創造。クリエイターの原点がここにある。
(2010年3月) |
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